「ありえない…」
ティアは呆然と自室の机の上に突っ伏していた。
まだ、先程の事が夢何じゃないかと思う。
「ティア、凄い事じゃない。それにしても私も心臓止まるかと思ったわよー」
シトロ村に明日の誕生日パーティで使用する食材を調達に行っていたマリカは城に戻り、事の顛末を聞きあんぐりと口をあけるしかなかった。
同性の方が相談しやすいだろうという周囲の配慮で、マリカとティアは二人きりでティアの部屋にいた。
が、お互いにどうしようどうしよう、という堂々巡りの会話ばかり。
「……でも、言われて嫌じゃなかったでしょう?」
マリカのyes、noの回答をせざるを得ない質問に、少し間を置いた後ティアはこくり、と頷いた。
「…嫌ではないけど、もちろん…。でも、そんなすぐ、はい、って言える訳ねー……」
ティアの言葉の語尾は力なく小さくて。
何時もの歯切れのいい言葉なんてどうしても出てきそうに無かった。
指先でそっと己の頬をなぞる。
火照った頬が何時までも熱を帯びていて、冷める気配は全く無さそうだ。
「ま、あたしがあんたの立場でもすぐハイって言えないかなぁー。でもあんたの思う通りにしなよ」
苦笑しながらそう言うしか言葉がみつからなかった。こればっかりは、自分の気持ちに正直になれ、としか言えそうにない。
マリカの言葉にティアは顔を上げ、目を見てゆっくりと頷いた。
そう、自分は受け止めないといけないのだ。
「ティアさん」
改めてシャムスに名を呼ばれ彼と向き合う。そして彼は片膝を床につき、そっとティアに左手を差し出した。
「な、何だよ…」
シャムスの改まった様子にティアの声は緊張し上ずる。何かある、と本能が警鐘を鳴らす。
モアナとリウは何事かとその様子を固唾を呑んでじっと見つめる。
「サルサビル国王として、一人の男として申し上げます。ティアさん、僕と結婚してください」
そっとティアの左手を取ると、恭しく手の甲に口付けた。
見上げる彼と視線が交錯し、彼の真剣な眼差しに吸い込まれそうな感覚を覚えた。
「な、まじで……」
心臓はどくどくと早鐘を打ち、頬に血流が集まる。
まさか、シャムスに、サルサビル国王に結婚を申し込まれるなんて露ほど想像したことない事象に頭の回転が追いつかない。
「ティアさん、まじです」
シャムスは言葉に偽りありませんよ、と微笑む。
「ティアさん、私からもお願いしますわ。お兄様のお后様になってください。私もティアさんがお姉さまになってくれたら最高だと思いますの」
マナリルも必死な表情で兄のプロポーズを後押しする。
こちらにある荷物は、花嫁へのみやげ物。
自国の伝統で花嫁になる人物には宝飾品や衣装を贈る風習があり、自分色にその女性を染める、という意味が込められているらしい。
「すぐに結婚、というわけではなくてとりあえずは僕のフィアンセになって欲しいんですがどうですか?今すぐにお返事を頂かなくても結構ですので、僕との将来を考えてくださいね」
シャムスは蜂蜜色の髪をふわりと揺らし、蕩けそうな笑みを浮かべた。
彼が立ち上がり二人並ぶと、ティアとシャムスに殆ど身長差は見られない。
シャムスはティアの両肩をゆるく掴むと、そのまま彼女の頬に口付けた。
はじめは右に、次は左に。
「貴方を世界一幸せにする自身が僕にはあります」
耳元でそう囁かれると、パニックになってしまいそうだった。頭の処理能力を超えるとはまさにこのことだ。
「僕はあなたとならば、もっとよい国に出来ると確信しています。サルサビルの民の為にもよろしくお願いします」
自分より年下で異性としてみた事なんて正直なかった。
まさか、こんな、自分が后?
リーダーが国王に求婚される、なんてこと想像したことも無く「きゃっ!」とモアナは興奮し上ずった声をあげた。
「ちょっとちょっとちょっと〜、リウ君!!すんごいことよこれ!!王様から団長さんがプロポーズだなんて、きゃあー!」
緊張のあまり固まったティアを尻目にモアナは興奮のあまりリウの腕をぎゅっと掴み早口でまくしたてた。
「ちょっと、モアナさん腕痛っ…!」
あまりにも力強く掴んでいる為か、リウのうでがぎっ、と軋んだ。
まったく、あの王様にしてやられた。
リウは聡いがゆえに、ティアに向けられている好意が数多あることを理解している。
シャムスがそういう感情を持っていることも知っていた。
が、幼いがゆえこんな事態が早々に起きるとは予期していなく少なからずリウも衝撃を受けている。
「ああっ、団長さんどうなっちゃうの〜。サルサビルのお后様なんてっ!すごーい!!」
固唾を呑んでティアの様子をモアナは見守る。
リウは、はい、と言ってくれるな!!と胃を痛くしながら状況を見つめる。
「ティアさん…」
シャムスは返事を促す様に固まっているティアの名を甘く呼ぶ。
「はいはいはい、シャムス王、その辺で一旦引いた方がいいんじゃないかい?ティア君が固まってしまっているよ」
シャムスとティアの間にツァウベルンは割り込むように手を差し入れ距離をとらせた。
「は……すみません」
シャムスも緊張が一瞬緩み息をひとつはいた。少し強引過ぎたか、と自省しながら。
「さて、ティア君、大丈夫かい?」
「何とか……」
緊張のあまり喉がからからで、出てきた声もかすれてしまっていた。
さて、どうしよう。