第5話

 

 
 窓からは青白い月明かりが室内に差し込んでいる。
 聴こえてくるのは虫の無くか細い声が、響くのみ。すっかり深夜なのだろう。
「眠れない……」
 ティアは自室の寝台で何度目かわからない寝返りをうった。
 身体は眠りを欲しているはずなのに、心が昂ぶり一向に眠気は訪れようとしてくれない。
 強制的に瞼を閉じてみても、頭の中を色々な感情の渦が駆け巡るばかりで。
「ああー、もうっ!」
 苛々したようにがばりと起きあがり、寝台から降りる。
「どうすりゃいいんだよ…」
 とりあえず頭を冷やし、気分を切り替える為夜風に当たる事にした。



 パタ、パタとサンダルの音が石階段に反響する。
 ティアは屋上へ続く階段をゆっくりとした足取りで上る。
 こんな時間だから、一人で考え事をするにはもってこいの場所だろう。
 星空でも眺めながら、ぼんやりしよう、と思いながら。

 狭い階段を抜け屋上に出ると、さあっとした風が頬を撫ぜる。
 外気の冷たさが心地よく、気持ちよさそうにティアは目を細めた。
 とりあえずじっくりと腰掛けようとベンチに向って歩き出す、と頭上から己を呼ぶ声が聞こえた気がした。
「やぁ、ティア君」
 見上げた先には、どっしりとした太い樹をした深く葉を茂らせた大樹がそびえ立つ。
 声のする方に視線を送ると、銀糸の髪をなびかせるツァウベルンが太い大樹の枝に腰掛け自分を見下ろしていた。
 月明かりに青白く照らされた彼は、昼間の飄々とした印象とは異なりとてもミステリアスで。
「夜中の散歩とは奇遇だね」
 よっ、と一声をあげてから彼は軽やかに樹の枝から飛び降り器用にティアの前に着地した。


「…びっくりした。何でお前こんなトコいるんだよ」
 誰も居ないと思っていて、なおかついきなり木の上から人が降りてきたら誰だって驚く。
「昼間も言っただろう。サプライズの方が君の心に私の存在を残せるだろうって。それを狙っていたのさ」
 目を細め、さも当然のようにツァウベルンは言う。
「な、馬鹿…。いい加減な事ばっかり言ってるんじゃねぇよ」
「ふふ、怒られてしまったか。まぁ、先程のは流石に冗談で、以前から私はこの場所が好きでね。久しぶりにこの城からの眺望をゆっくり見てみたいと思ってこちらに居たんだ」
 そういえば、彼は高いところが好きだ、と言っていたのを思い出した。それと同時に馬鹿と何とかは高いところが好き、という情報を思い出し思わず笑ってしまいそうになり、あわてて緩む頬を引き締めた。
「ま、俺もそんなとこで、気分転換で上に上ってきたんだ」
 手近なベンチに腰掛け、ティアはそう彼に言った。ツァウベルンもティアに習い、ベンチに並んで腰掛ける。
「ふーん、気分転換、ね…」
 大方シャムスとの事で思い悩んで眠れない、とかそういった事情だろうとツァウベルンは察した。
 まあ、無理も無い状況だと思うが。
「…実は私はシャムス王の今回の告白の前に、彼に会って彼の気持ちは知っていたんだ」
 ツァウベルンはティアに淡々とした口調でティアに告げた。
「彼は私に、必ず君を幸せにする、とそう言ってたよ」
「そうなんだ……」
 その言葉から、シャムスの覚悟の程が伺い知れる。
「尤もそれは、私への対抗心での言葉、だろうけどね」
 ツァウベルンの言葉に、驚をつかれた顔でティアは彼の方をみやった。
 そして、彼の切れ長の目が細められる。
「対抗心?」
 ティアの無垢な瞳は、あまりにも眩しい。だが、自分もその光が、欲しかった。
 ツァウベルンはそっとティアの身体を自分の方に引き寄せる。
「そう、私もね、シャムス王と同じ目的で此処に来たんだ、と言ったらどうするかい?」
 ティアは驚き、目を見開き、はっと息を呑んだ。
「うそ…」
「嘘じゃない、これは私の本心だよ」
 そっとツァウベルンの長い指が、ティアのさらさらとした銀糸の髪を撫でた。
「私が国に帰ってからの話をしようか」
 ツァウベルンは何時もと変わらない口調で、彼が何故此処に至ったかを話し出した。


 先の戦いが終わり、クライス団に参加した英雄の一人として祖国にツァウベルンは凱旋帰国した。
 が、彼を待っていたのは五月蝿い親戚一同や側近たちの小言ばかりで。
 他国に干渉するなら、まず身を固めろと毎日言われ偏頭痛がしそうになる。
 ふらふら出歩くのは勝手で、止めても無駄、と言うのは解っている。
 だから、世継ぎの一つでも作ってから放浪しろと、いう親戚一同からの説教づくしで。
 確かに、今回の一件で死の危険があるような所に当主がふらふらと参加している、というので相当肝が冷えて堪えたのだろう。
 だからといって、勝手に他国の姫君との縁談を進めていると知った時、ツァウベルンは親戚一同と初めてまともに対立した。
 今まで諍いが面倒くさくてのらりくらりとかわしてばかりいた彼が、だ。

 諍いの末、売り言葉に買い言葉で、じゃあふさわしい伴侶をすぐに連れて来い、という事になってしまった。
 当ては無いが、解った、と言ってしまった言葉は撤回できず。
 連れてこれなければ、自分の意思とは関係なくこのまま縁談を進められるのは明白だった。

「うんざりだ」
 古い世襲制にも、貴族制にも、この国の体質にも。
 だが、ライテルシルトという国のことは悔しいけれど好きだ。
 彼女ならば、うんざりとした自分の現状を変えてくれるに違いない。
 変えるだけでなく、鮮やかに染め上げてくれるだろう。
 彼女しかいない、と思うとはやる気持ちは抑えられず。





「だから、君の力を私に貸してくれないか?」
 そっとツァウベルンはティアの手を取った。
 長い、綺麗な指先が慈しむようにやんわりとティアの指を包み込む。
「一緒にライテルシルトに来て欲しい。私の傍にいて欲しいんだ」
 月明かりの下のツァウベルンはとても魅力的で、自分が意識していないだけで自分よりずっと大人の男で。
 
 ティアは決意と共に、ぎゅ、と開いている指を握りこんだ。








ツァウベルンED




ロベルトED



こちらから分岐です。何故かしょっぱなからツァウベルンに…

[09年 3月 8日]