「眩しい…」
窓を開け放って眠ってしまったのだろう。早朝の強い陽射しがダイレクトに顔に降り注ぐ。
目蓋を下ろしていても眩しく、日差しに強制的に起床を促されティアは二、三度瞬きをし、んっ、と一つ大きく伸びをしながらゆっくりと寝台から体を起こした。
「眠い…」
上半身を起こし座っていたのだが、体がゆらゆらしたかと思うとまた額を膝につけ毛布に突っ伏してしまう。
だいたい昨日寝たのはずいぶんと遅い時間なのだ。まだ体が睡眠を欲しており、なかなかあらがえそうに無い状況だ。
ふう、と一つ深い呼吸をすると、ティアの意識は再び眠りの淵へ吸い寄せられる。
ゆっくりと睫を伏せると今にも意識が落ちそうになる。
と、その時控えめな、自室のドアがノックされる音が聞こえてきた。
「どうぞー……」
うとうとと船を漕ぎながら、マリカかモアナだろうか、と推測しながら半ば条件反射のようにティアは返事を返した。
「おい、ティアいい加減起き…って、お前、なんて格好してるんだっ!!」
いきなり大声をだされ、うろん気な表情でゆるりと入り口のほうを見やるとそこには真っ赤な頬をしたロベルトの姿が。
外出していたのか、彼は冥夜の騎士団の蒼い防具を身に付けていた。
ロベルト、に会うのは随分と久しぶりな気がするな、と考えているとゆっくりと意識が眠りの淵から覚醒してくる。
そうすると視界に入るのは自分の女性にしては肉付きの薄い、太もも。
よくよく考えると今の自分の格好は薄いキャミソール一枚と下着のみというあられもない格好で。
「うわっ!!」
その事実に気づくとティアはシーツを手繰り寄せ胸元までがばり、とそれを引き上げた。
ティアの体は思ってた以上に女性の身体で、見ちゃいけないと思いながらもしっかりとそれは目に焼きついてしまう。
何時もゆったり目の衣服を身に着けていたり、胸当ての防具を身に付けている為気にした事はなかったが、薄い布地一枚越しに見てしまい、心拍数がはねるあがる。
胸元のラインがばっちりとわかってしまい、そこが予想外な丸みを帯びておりとても女性的で、思わずごくり、とロベルトはこみあげる唾を飲み込んだ。
日に焼けていない太ももは白く、いかにもすべすべしてそうで触りたい、という欲求がむくむくと湧き上る。
「お前、が、入っていいと言ったから俺は来たんだからな!別に寝込みを襲うとかそういうことじゃないから!!」
馬鹿正直に思っていることを口にしたロベルトは真っ赤な顔で言い訳にならないような事を口にする。
寝込みを襲う、とかって!!
あまりの直接的な表現にティアも思わず赤面してしまう。
「馬鹿!んなことしたらぶん殴るぞ!!そんなことよりあっち向けよ」
しっしっとロベルトを追いやるようにティアは手をひらひらとさせた。
「…お前が悪いんだからな…」
くるり、とティアに背を向けたロベルトはぶつぶつとぼやく。だいたい向こうが無防備に男を確認もせずに部屋に招き入れるのが悪いんだ。
これが俺だったから良かったものの、もしティアの事を狙っていそうなあいつとかソイツとかだったら何か間違いが起きてしまうかも知れないのに…。
背後から聞こえる衣擦れの音に、いやおう無く青少年の脈拍は昂ぶり、思わずあらぬことを想像し前屈みになってしまいそうになる。
落ち着け、俺。こんな…事を考えている場合じゃないっ。
理性を保つ為に、痛いくらいぐっ、と拳を握りこんだ。皮膚に食い込む爪がじんわりと痛い。
「もういいぞ」
着替えが終わったらしいティアはぶっきらぼうにロベルトに声をかけた。
ロベルトは後ろを振り向くと、思わず綺麗なブルーアイを大きく見開いた。
「な………」
見たことが無い、淡い水色のミニドレスを着たティアは恥ずかしいのかロベルトと視線を合わそうとしない。
綺麗なデコルテをおしげもなくさらし、すらりとした足がふわりと揺れるドレスの裾から伸びる。
腰の高い位置で紺のリボンが結わえられており、それがよりいっそう華奢な女性らしい身体のラインを際立たせる。
「マリカがさぁ、今日は俺の誕生日のパーティがあるから絶対この服着ろって昨日から五月蝿くてさ。別に俺は何時もの格好でも良かったんだけど、あいつ頑固だから。やっぱ変だろ?俺にこういう服着ろって言う方がどーかしてるよな」
照れ隠しにははっ、とティアは自嘲した。
「……いや、変じゃない、ぞ」
「無理すんなって」
「無理なんて言うか。寧ろ、その、俺は結構そういう格好も嫌いじゃない」
ロベルトはティアと視線を合わせることなく、下を向いてぼそぼそと小さい声で言った。
「………無理して褒めなくていいって」
彼の様子にやれやれ、と大げさにティアは嘆息した。
「お前、なんか疲れてないか?」
ティアの横顔に、寝不足ではない疲労を感じたロベルトは気になってティアに問うた。
誕生日の朝に疲れた顔をするやつはそういないだろうから。
「……お前、変なところで鋭いな…」
一応鏡の前で寝癖を直していたティアはロベルトの言葉にきょとん、とした顔をした。
「そっちが解りやすいからだ」
解りやすい、とロベルトは言うが、はっきり言って自分の空元気はなかなか見破られない変な自信がティアにはあった。
今まで団長をやってきて、幾度も辛い事があった。だが団長が落ち込んでいる様子を見せると、皆が痛いくらいに心配してくれる。
大好きな回りの人間に心配を極力掛けたくなかった。心配をかけることが余計辛いからだ。
経験上その空元気を見破られた事は、よっぽど近しい同郷の人間以外にはそういない。
ロベルトの視線が自分を真っ直ぐに射抜く。
下手な言い訳をするよりは正直に状況を言った方がいいか、と思ってティアは腹をくくった。
まぁ外出から帰ってきたばかりのロベルトは知らないだろうが、いずれ知れる話だろうから。
昨日のシャムスの事、またツァウベルンの事もロベルトに洗いざらい話した。
ティアも自分ひとりで受け止めるだけではキャパオーバーになっていて、誰かに相談したくて仕方なかったのだ。
だがやたらめったらに相談できる話ではない。
ロベルトに話して解決することじゃ勿論無いが、どうしたらいいか解らない、という訴えだけでも誰かに聞いて欲しかった。
ティアの話を聞いているロベルトの表情は徐々に強張り、握りこんだ拳にはさらにぐっと力が込められていた。
唇ががさがさに乾いて、なかなか口から言葉が出てこない。
「……お前は本気で王様や貴族様のモノになるとかそんな事思っているのか?」
明らかにイラついた調子でロベルトは言った。
刺々しいロベルトの口調にティアは何故だか解らないが胸が苦しくなった。
「俺だって、自分がそんな立派な人間の、その妻なんてありえない話だってわかってるよ。だけど、そう言われたんだからしょうがねぇだろ」
妻、という単語が生々しく気恥ずかしい。
「じゃあ、すぐ断れよ」
ぐっとロベルトは乱暴にティアの肩を掴むと、強引に自分の方を振り向かせはっきりと言った。
「断れってお前……。何で俺はお前にそこまで言われないといけないんだ」
きっと強い視線でティアはロベルトを睨み付けた。
ロベルトにそこまで言われる言われはない、ともやもやする気持ちを抱きながら。
「お前はシャムス王やツァウベルンさんと結婚するのか?」
「わかんねぇよ。どうしたらいいかわかんねぇから悩んでるんだろっ!」
言い終わるとぐっと、唇をかみ締めた。
そして、すう、とロベルトは大きく息を吸い、
「じゃあ、俺にしろよ」
はっきりと、淀みない言葉をティアに言った。
「はぁ?」
意味が飲み込めず、ティアはきょとんとした表情を浮かべる。
「だから、お前の面倒を俺がみてやる、って言ってるんだ!」
ロベルトは震える手でティアの手を取り、言った。
それって、そういうことなわけ?
「お前、正気か?」
自分でも解るくらい、ティアは頬が熱くなり胸が苦しくなってしまう。
「冗談でこんな事言えると思うか?」
確かに、ロベルトは生真面目で、冗談でこういう事をいう男ではないと言う事はわかっているけど。
「お前がそんな立派な身分の人間の伴侶なんて務まるわけないだろ。大体きっと迷惑かけて返品されるのがオチだ」
失礼極まりない言い方をされ、ティアはぶすっと頬を膨らませる。幾らなんでもあんまりだ。
「だから、皆に迷惑が掛からないように俺が面倒見てやるって言ってるんだ」
ロベルトは真っ赤になった自分の顔を見られるのが恥ずかしく、ティアの身体をぐっと自分の方に抱きこんだ。
「わっ…」
急に抱きこまれ、ティアは驚いて声をあげてしまう。
ロベルトは抱きしめたティアの身体が、すっぽりと自分の腕の中に収まる、という事実に少なからず驚きを覚えた。
ああ、コイツはこんなに自分より小さい身体だったんだ。
こんなにも守りたいと思う奴、他に現れると思えない。
「だから、俺にしろ。いいな?」
ロベルトの温度、匂い、感触。
彼の心臓の鼓動がどくどくと早鐘を打っているのが解る。自分も胸が、苦しくて、心臓がぎゅっとなる。
「なんで、俺がいいの?」
ティアの腕がロベルトの背に一瞬躊躇したあと、ゆっくりと戸惑いがちにまわされる。
「そんなの俺だって解らない。けど、俺は、お前じゃないと駄目だ」
彼のその、気障な装飾が一切無いその言葉に、ティアはまいった、という心境になった。
自分に告白してくれた他の男性には悪いが、自分もどうやらロベルトでないと駄目らしい。
「………俺も、駄目になっちゃったかも」
ティアは彼の胸に押し付けた顔を上に向けた。大きな眼差しは真っ直ぐにロベルトに向けられている。
なんて、愛しいんだろう。
ロベルトはぎゅっと力を込めティアの背を抱くと、チャームポイントだと思っている額にちゅっと音を立てて口付けを落とした。
「っ……」
少し距離をとり、二人の視線がしっとりと交じり合う。
震える手をティアの頬に添えると、そっと唇を重ねた。
触れた唇はどちらも熱に浮かされるように、熱く火傷しそうだった。
誕生日パーティは和やかな雰囲気で行われた。事情を知っている人々はひと悶着あるのではないかとひやひやしていたが、ティア自身が誠意を持って丁寧に対応した為後味が悪いようなことにならず周囲の人間は胸をなでおろした。
シャムスもツァウベルンも残念そうな表情を浮かべはしたが、彼女の意思を尊重するのが一番最上級だと心得ており、納得せざるを得なかった。
「ロベルト殿、ティアさんを幸せに出来なかったら、大変な目にあいますから覚悟してくださいね」
何時もの笑みを浮かべ、シャムスはそうロベルトに言った。
だが、その笑顔を見たロベルトの背に、言い知れない寒気が続々と走った。だって、シャムスの目が全く笑っていないのだから。
ロベルトはこくり、と頷くしか出来ない。大変な目にあったら命がいくつあっても足りないに違いない。
笑顔でゲストと会話するティアの左手の小指には華奢なシルバーのピンキーリングがはめられていた。
埋められているのは小さい金剛石。
ロベルトが彼女の誕生日に贈る為、昨日こっそりアストラシアで買ってきたものだ。
本当は隣の指に、と思っていたのだが、恥ずかしく事前にサイズのリサーチを出来ず、行きあたりばったりで買ってきたはいいが小指にしか収まらなかった代物だ。
それもそのはず、剣を握ってきた彼女の指の関節は一般女性のそれより随分と太くなってしまっていたから、買ってきた指輪は第一関節も通らなかった。
「ロベルトらしいな」
小指に収まる指輪を見てティアは嬉しそうに目を細め、笑った。
不器用な所が、本当にロベルトらしい。
そして、それが何よりも愛しいのだ。付け上がるといけないから言わないけど
*end(ロベルト)*