ロベルトが城へと続く坂をのぼると、各自の部屋から漏れ出る温かい光がいくつも見えた。
もう各自思い思い自室で寛いでいるであろう時間だった。
しかし、わざわざ危険を犯してまで彼はこんな夜更けに一人で帰る必要はまったくなかった。
グレイリッジの西方で協会に不穏な動きがある、との情報があり数人偵察に行った帰りだった。
幸い向こうもけん制の意味での活動だったようで、ひとまず西方での小康状態が保たれている事は確認できた。
役目を終え帰路につくと、丁度日が落ちるころにはグレイリッジの町があり皆はそこで宿泊してから帰ることになったのだ。
だが、ロベルトは単身で城へ戻る事にした。
わざわざ危険を犯し、一人で帰るなんてとみんな反対したが、無理やり理由を付けて戻ってきた。
「ロベルト、無理しないでよ。焦ったって城もシグも逃げないんだからね」
マリカが宿の人に飲み物を補充してもらった水筒を手渡しながら、茶化すような口調でそうロベルトに告げた。
「な…ばか!女は足手まとい…や、クロデキルド様は別だが。ともかく、俺が先回りして先見隊として先に帰って無事を連絡してくるだけだ」
「まぁ、理由はいいけどさ、ともかく気をつけてね」
ぽん、とマリカはロベルトの背中を励ますように叩いた。
同じ団の仲間として過ごす時間とともに、マリカたちシトロ村出身の面々とロベルトは年も近い事もあり気のおけない友人のような関係になっていた。
「…ああ、また明日」
そう言うとロベルトは急ぎ帰路に立つ。
「さーて、今日は久しぶりに女同士で楽しみましょう」
ロベルトを見送ったマリカは同行のエリンとモーリンに愛くるしい笑顔を向けた。
城の入り口の本日の見張り当番に何事も無かった旨を聞いてひとまず安心した。
いつ、何があるかわからないのだ。特に協会と戦っている今は。
エントランスの向こうの食堂はすでに明かりが消えており無人のようだ。
当たり前だ、もう寝ていてもおかしくない時間だった。
食堂を見たとたん、条件反射でぐぅ、と小さく腹の音が鳴った。
「なにやってんだ、俺…」
そういえば昼飯を食べてから飲み物以外口にしていないことに気がついた。
ただ、早く城に帰りたい一心で食事も取らず帰ってきたのだった。
自分の一直さ加減に少し呆れため息をついてしまう。
誰も居ない食堂だが、少しくらい食べ物があるかもしれない、と自然に食堂に足が向いた。
ぴかぴかに磨き上げられたなべの数々。
うちの城の料理人は誇りを持って仕事をしている為、厨房の手入れも抜かりなかった。
その為夕飯の残りが無造作に置かれているなんて都合のいいことは無く。
「はぁ、腹減ったけど何も無いな…。仕方ないから寝るか…」
空腹は寝て忘れてしまえ、とばかりに誰も聞いていないだろうから好きなように独り言を口にする。
「お前、腹減ってんの?」
と、唐突にロベルトに向って声が掛けられた。
見ると入り口の扉のところに団長であるシグ、その人が立っていた。
「な、お前シグ!何で俺がここにいるって知ってるんだ!」
予想外のシグの登場に驚き目を見開いた。
寝ているとばかり思っていたのに。
シグはへへ、と悪戯っ子のように笑いロベルトの方へ近づいた。
「まず、あれだろ。……おかえり」
照れ隠しのようにロベルトの胸に顔を預け、小さな声でシグは言った。
「……ただいま」
1週間シグに会えず辛かった。
尤も、ティアクライス団のために仕事をするのは本望でもあったのでその点に不満は無かった。
だが、彼が居ないだけで満たされない。
だから一刻も早く、例え夜中になって会えなくても彼の傍に居たかった。
シグの背中に腕を回し、一瞬ぎゅっと強く抱きしめる。
彼の髪の、昼間に存分に浴びたであろう太陽のにおいが鼻腔をくすぐる。
やっと手に入れたばかりの彼。
シグの仲間になり、ライバルになり、友人になり、そして好きになってしまった。
勢いあまって告白した自分の思いを受け入れてくれたシグ。
恥ずかしくて何時も素直になれないことが多いし、喧嘩もたくさんしてしまうけど、好きだという事に偽りは無い。
「あのさ、部屋の窓からお前が帰ってくるのが見えて。まだ帰ってこないと思ってたから嬉しくてさ…」
急いで帰ってきたおかげでこんな言葉が聴けるなんて。
「俺も、お前に会いたかったから…」
彼の頬に手を添え、そっと顔を上向かせる。
「…あ」
キスされる、と思って照れつつも素直に目を閉じる。
と、唐突にまたぐうとロベルトの腹が鳴った。
「っー…くっそ」
いい時なのにどういうことだ!
ロベルトの顔が恥ずかしさに真っ赤に染まる。
「はは、そういや腹減ってるって言ってたもんな」
さっきまでのいい雰囲気はどこへやらで、何時もの爽やかな少年の表情で笑った。
「良いぜ、俺が久しぶりに作ってやるよ」
シグはシトロ村で一人暮らしを随分としていたおかげか、予想に反して料理を一通りこなせる。
団長になってからは、自分の腕を振るう機会はそう無かったが。
だから彼の手料理をいただける自分はかなり貴重だった。
テーブルにつき、料理しているシグをじっと見つめる。集中しているのか、自分の視線を全く意に介さず黙々と料理をしていた。鮮やかな手つきで鍋を回し、炒飯をこしらえていく。
「うまそ…」
思わず感想をそう漏らした。
「俺も久しぶりにシグの料理が食べたいなー」
気がつくとテーブルに手を突いてシグを見つめるリウがいた。
「な…!なんでお前までいるんだよ!」
恥ずかしながらずっとシグを見つめていたせいで、リウの気配を察することが出来なかった。
「えー、だって部屋に行ったらシグも居なかったしさぁ。探すじゃん普通。下に来たら料理なんか珍しく作ってるし。村にいたころたまにシグに作ってもらってたんだよな〜」
「お前夕飯食べただろう!」
「シグの料理は別腹だって!」
自分の方がシグの料理を知ってる、というリウの態度にロベルトの上がりやすい血圧が上がってしまう。
折角、自分のために料理してくれていい雰囲気だったのに。
「お前ら、あんまり煩くすると怒られるぞー」
と、大皿を抱えたシグがやって来た。
自分のために諍いがあったなんて露とも思っていないだろう。
「ロベルト…美味くなかったらごめんな」
シグだって好きな人に料理を出すのは緊張してしまうものだ。
そんなシグの様子にロベルトの胸がどくん、と弾んだ。
「うわっ、いい雰囲気がやだ…」
「ああ、まったくだ」
小姑のような発言をするリウとジェイル。
楽しそうな気配を察しジェイルもいつの間にかやって来ていた。
2人ともロベルトに大好きなシグを取られて寂しい思いをしていた。
だが、シグの幸せが何より一番大事だった。
願わくば、穏やかな日が少しでも続きますように。