命を懸けて、きみと恋する(ロベ主)

 カルチャーギャップというものだろうか。
 ロベルトは己の苛立ちを、その言葉で一くくりに理由付けしようとしていた。
 アストラシアは礼節を重視し、いくら友人とはいえ人前でのスキンシップは憚られる、という風潮がある。

 それゆえ彼ら、シトロ村出身者とは生まれ育った環境因子がまったく異なる為、スキンシップに対しての考え方が違う、というのは頭では理解できる。
 理解は出来る、が、納得出来るかどうかは話は別問題だ。

 例えば飲みかけの飲み物を互いに交換したり、気軽に頭に触れたり時にはじゃれあったり。
 昨日なんてジェイルが食べかけのタルトを一かけフォークに取って、無造作にシグの口元に持っていきそのまま彼は躊躇無く美味しそうにそれを食べていた。
「うまいー、サンキューな」
という感謝の言葉と共に、今度は自分のシフォンケーキをあまつさえ同じようにジェイルに差し出したり。
 アストラシアでそんな行動をとるのは付き合い始めのカップルくらいだと思える。

 今日は参謀役のリウと共に大きいテーブルに大きい地図を広げたその前に座して、二人で肩を寄せ合い交易ルートの打ち合わせをしていた。
 故意なのかどうなのか、地図の箇所を確認している際合間合間に何度もゆびさきや腕が接触していたのを見た。
 そもそもあんなに密着して相談する必要なんて感じられない。
 ロベルトにはそれが、リウがわざとそうしているように感じられた。
 何故なら入り口付近でその様子を見ていたロベルトと視線が合うとリウの目がこれ見よがしに、満足げにきらりと煌いた。
 きっと、そうにちがいない。腹立たしい。


 だからといって、過剰なスキンシップをやめろ、とは口が避けても言えない
 
 一つは彼らの間でのスキンシップは今にはじまったことではなく、当たり前の行為で大きな家族なんだからスキンシップをして何が悪い、というスタンスだ。
 それゆえ、部外者である自分がその事に口出すいわれは無い、と言うのは至極当たり前で。
 以前ジェイルにいい年して仲良くしすぎだ、とそれとなく言ったら鼻で笑われた事を今でも覚えている。
 あの時の見下したようなジェイルの視線、思い出しても腹立たしい。胃の奥がかあっと熱くなる。


 それに、そんな事で目くじらを立てるような度量の狭い男だとシグに思われたく無いという男のプライドがある。
 だから、ロベルトは口からあふれそうな嫉妬心を喉奥にぐっと飲み込んで耐えてきた。

 

 リウとシグがいちゃついている(ように見える)のを見て生まれたいらいらを解消する為、ロベルトは稽古場にて剣を黙々と振るっていた。
 びゅっ、と空を切る音が空気を揺らす。夜半を過ぎ大方の人間が自室で寛いでいるこの時間は場内は静かで、剣を振るっていると神経が研ぎ澄まされそれだけに集中できる。
 幼馴染と仲良くしているだけで苛つく自分はまだまだ半人前なんだろうか。
 弱い自分の心を鼓舞するかのように、剣を振るう腕に力を込める。

「おい、ロベルト」
 唐突に掛けられた声に後ろを振り向くと、入り口の扉に凭れ掛かるように立っているシグが見えた。
「部屋に行ったけどいなかったから、ここにいるかなっと思ってさ」
 ロベルトの顔を見ると楽しそうにシグは顔をほころばせた。
「……居ては悪いか」
「んだよ、人が折角探しに来てやったのにさ。…ま、いいや。そろそろ終わって休憩でもしねーか?」
 休憩用の椅子におもむろにシグは座り込むと手招きしてロベルトを呼んだ。
 シグのペースに巻き込まれてしまったことで、むすっとした表情でロベルトは剣を鞘にしまい、シグとテーブルを挟んで前の椅子に腰掛けた。
「お疲れ」
 サイドテーブルの水差しからカップに水を注ぐと、シグはロベルトにそれを手渡した。
「あ、ありがとう」
 シグのさり気無い気遣いが、些細な事なのにとても嬉しくて声が上ずってしまう。


「これ、食べねぇ?」
 シグが持ってきた袋から取り出したのはアストラシアの伝統的な焼き菓子。
「懐かしい……小さいころ、よく食べたな」
 ブリオッシュにラム酒を染込ませた家庭でよく出てくる焼き菓子は、懐かしいアストラシアの香りがした。
「交易相手に貰ったんだ。アストラシアの菓子なんだろ?好きかなと思って持ってきたんだけどどうだ?」
「いや、好きだ…」 
 何年ぶりだろう、この菓子の存在を忘れてるくらい食べてない。
 自然にロベルトの頬が緩むのを見て、シグは口数少ない彼が喜んでいる事が解り自分の選択が良かった事を知った。
「よかった、喜んで貰えて。あんま数なかったからお前にやろうと思って探してたんだ」
 シグの表情は満面の笑顔で、ロベルトはその笑顔がとても好きで心がぎゅっと温かくなるのを感じた。
「お前は食べた事あるか?」
 ロベルトの問いにシグは首を横に振った。
「そうか……」
 ロベルトは菓子の包装を開けると、おもむろに菓子をシグの口元に突き出した。
「な……」
「食え」
 ロベルトがこんな行動を取るのは初めてで、シグは驚いて目を見開いた。
「いいから!」
 引く様子のないロベルトに観念したように、シグは照れつつ小さく口を開けた。
 なぜだかとてつもなく緊張して味が全くわからない。
「旨いか?」
 きっと美味しいのだろうが、緊張してそれどころではなく冷静に味わえないがとりあえずシグはうなずいた。
「そうか、よかった」
 見るとロベルトの頬も赤く、目が合うと互いに慣れない行動ゆえ気まずさが生じる。

「……なぁ、何でお前いきなりこんな、コトしたんだ…?」
 脈略のないロベルトの行動の意図を恥ずかしいが彼に問うた。
「俺以外とはしょっちゅう食べ物を食べさせたりしてるくせになんで俺は駄目なんだ?」
 逆にロベルトは思っている事をシグにぶつけた。
「……な、なんでって……」
 ロベルトの言葉にシグは珍しく言いよどむ。

「……お前はリウやジェイルとは違うから」
 自分で言っていて恥ずかしさに、頬が赤らんでいるのが解る。
「その、お前は恋人だからさ。意識しちゃうんだよ、悪いか…」
 恥ずかしそうにシグは小さな声で呟いた。

「っ……」
 思いがけずに聞いてしまったシグの本音に、ロベルトは感情が堪えられずに椅子から立ち上がりぎゅっとシグの身体を抱きしめた。
「……悪い。というか、俺にももっと甘えろよ」
 恋人の甘えほど、嬉しい我侭なんて存在しないだろう。
「ばか、恥ずかしい事言うなよ!」
 稀にロベルトは直球でこういう事を言う。それがむずむずして恥ずかしくて、シグは感情を持て余しそうになる。
 でも、たまには甘えるのもいいか、と思ってシグも思い切りロベルトの胸に頭を預け彼の温もりを感じる。
 村の幼馴染たちとこうして仮に抱き合っても、きっとこんな気持ちにはならないんだろう。
 自分が照れて恥ずかしくなって、気持ちを持て余してしまうのはロベルトだけ。
 
 

 降りてくる口付けにそっとシグは目を伏せ、甘いキスを味わう。
 言わなくても、解るよな。
 だから、特別なんだって解れ。
 
 口に出せない感情はキスで言うしかない。