時間が出来たので城の中をうろうろとしていると、楽しそうに談笑しているリウとマリカが見えたのでシグは声を掛けてみた。
「あ、シグじゃない、聞いてよ。今朝の事らしいんだけどさぁ…」
マリカは話したくて仕方ないようで、シグに事の顛末をとても楽しそうに語ってきた。
盛り上がっていた話の内容は、アスアドとクロデキルドのらしい。
リウが今朝食堂で遭遇した一部始終はこうだった。
アスアドが丁度朝食の時間にクロデキルドと一緒になったらしい。 彼女は妹と朝から稽古をしたりする事が多く、非常に朝が早いのであまり朝食のピークタイムに現れる人ではなかった。 丁度彼女が飲み物を受け取っていたところだったので、すかさずアスアドがそれを席まで給仕してあげようと声を掛けた。
ありがたく申し出を受け取ると、2人は一緒に朝食の席に付く。 何時も一緒にいるフレデグンドが居ない為、珍しく二人きりだった。
アスアドは誰が見ても解るくらい、そわそわと落ち着き無くしていた。
「クロデキルド様、今日もいい朝ですね!」
気の利いた会話が思いつかず、緊張してどうでもいいことを口にしてしまう。
「アスアド殿は今日も元気そうで何よりだ。いい朝か…今日はフレデグンドが遠征で居ないので私は少々寂しいがな」 と、クロデキルドは少し憂いの表情を浮かべた。
アスアドはどうでもいいことで墓穴を掘ってしまい、胃がしくしくと痛んでしまう。
「と、飲み物いかがですか?」
話題を変えようと持ったままになっていたクロデキルドのカップを彼女に手渡す。
その瞬間、二人のゆびさきが少し触れた。
「あ…」
クロデキルドが受け取ろうとした瞬間、アスアドは手が触れた事に動揺して思い切りカップを落としてしまった。
がちゃん、という音に周囲の視線が思い切り彼に集まる。
「クロデキルド様っ、大変失礼しました!!!」
コーヒーが思い切り彼女の装束の袖口に降りかかってしまう。 大慌てで布巾を取りに行こうとすると、今度は自分の持っていたカップも勢いで倒してしまい、こぼれたコーヒーがぽたぽたと机から床に零れ落ちてくる。
「ああっ、重ね重ね申し訳ありません!」
大慌てで平謝りするアスアドと、気にしなくていいからと手巾で袖元を拭うクロデキルド。見るといつの間にかメルヴィスがやってきて、濡れ布巾で机を拭きだした。 そして彼はクロデキルドの服の袖口のコーヒーの染みを、濡らしたハンカチでぽんぽんと叩き器用に染み抜きを始めた。 一通り処置を終えると、すっと懐にハンカチを仕舞い込んだ。
「姫様、これで多分もう目だたなくなるかと」
「ああ、ありがとうメルヴィス」
仲睦まじい2人の様子を見ていたアスアドは居た堪れなくなり、クロデキルドに謝罪の言葉を言って走ってその場を後にしたらしい。
リウ含め何人もその現場を目撃したらしく、本日一日中アスアドは人に会うたびにニヤニヤとした顔をされてその度に胃が痛くなっているらしい。
「なんか、アスアドさん見てると応援したくなるんだよね。でも全然報われ無そうというか、そういうところが言っちゃ悪いんだけど面白いんだよねー」 マリカはさらりと見もふたも無いことを言う。 年頃の女の子は残酷にもこういう話が本当に大好きだ。
「でも、あれだけあからさまにしてても全然クロデキルドさん気にしていないんだよなぁ。やっぱりお姫様だからなのかなぁ」
世間ずれしていないからなのか、単に鈍感なのか。どちらかだろうとリウは推測する。
「で、結局アスアドがクロデキルドの前で飲み物こぼして、逃げ出してそれでどうなんだ?」
シグは続きを期待するような表情でじっと2人を見つめている。
「さっきまでの話で、私たちが盛り上がってた意味あんたわかんないんでしょう?」
マリカは眉間に皺を寄せ、半目でシグを見返してきた。
「……だったら何だよ」
言い返せなく、シグはぐっと口ごもった。 そのやりとりを見ていたリウはやれやれという表情を浮かべた。
「ほんっとシグはお子様ね。誰だって好きな人の前では緊張しちゃうものなのよ!!手が触れるだけでときめくなんてアスアドさんはいい年こいてその初心っぽいとこが可愛いわね、っていう話をしてたの!」
アスアドへのあんまりの直球のマリカの言い草にリウは心の中で彼にごめんなさいと詫びた。 聞かれていたらきっと泣いて逃げ出すに違いないだろう。
シグは二人と別れた後一人で城の裏庭をぶらぶらと散歩していた。
あんたは恋をしたことが無いんでしょ。相変わらずお子様ね。 マリカの言葉が頭の中をぐるぐると回る。
ちくしょう、年が変わらないマリカやリウに子ども扱いされ、何でそこまで言われなくちゃいけないんだ。
あんまりなマリカの言い草に悔しくなる。 だけど、悔しいが自分はまだアスアドのような恋をしたことが無い。
一体、いつになればそんな相手が自分に現れるのか皆目検討つかなかった。 天から降ってきたりするのかよ、心の中で少し毒づく。
ふう、と一息つくと丁度木で作られたベンチが空いていたのでそこに横になることにした。
横になると、自然に目蓋が落ちてきてしまうのは悲しい性分で。
横になるだけで眠気がすぐに訪れる自分はオコサマなのだろうか、彼女の言うように。
いつの間にかシグは眠っていたらしい。 ふと、人の気配を感じうっすらと目を明ける。
「起きたのか?」
逆光になっていて、声を掛けた人物の顔がよく見えない。 起こしてもらおうと手を伸ばすと、彼は苦笑しそっと自分の手をとってくれた。
手が触れたそのとき、ゆびさきから何かがあふれた。
「あっ」 思わず、声がでてしまった。
だって、マリカの言っていたことが、初めて解ってしまったから。